こころの法話集088
お話088
響きあい和やかな心
春江町千歩寺・順教寺前住職 中臣徳恵
間(ま)ということ
間(ま)の大切なことを考えます。間が合う、間ちがう、間ぬけ、間だるいなど、間ということの意味が思われます。梵(ぼん)鐘をつく時、もし間がなくて、金属でいっぱいになっていたら、あのゴーンと響く音がしません。金属相互の間がひびきあって、よい音響がでるのであります。
また間は心の安定を示すものです。仏さまを拝礼する部屋は「佛間」です。仏さまのおすがたを拝んでいるうちに、心の安らぎをおぼえます。「茶の間」は、お茶をのみながら、お互いに親み合う間です。応接室でなくて「応接間」でありたい。食堂も家族もろともだんらんする心和やかに、おちつく「食間」でありたいもの。
座敷とか、礼拝堂となると、姿勢を正し、礼儀をつくし、厳格なところです。礼拝堂もある意味では、心の安定をうける「礼拝の間」でありたいもの。姿勢を正し、心の修行をする座禅堂とか本堂のような自ら頭の下がるところは、もちろん尊いところですが、差別もなく、安らかに心和やかなお寺であってほしい。なんとなく心落ちつくところであるべきです。
そして「人間」というのは、人と人とに間ということで、お互いに間を整え、間違いのないよう、間のあうよう、間のうるわしい、人と人とのひびきのうるわしい、和の間柄でありたいものであります。