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こころの法話集253

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お話253

凡夫の迷い救う光明

清水町島寺・浄福寺住職 藤井信哲

仏前にはお灯明があり、ろうそくや輪灯の焔(ほのお)が薄暗いなかでかすかに揺れているのは神秘的で、尊い感じがします。しかし照明に用いられている感じではありません。では何を意味しているものでしょうか。
仏前のお荘厳(しょうごん)はいずれも供養のためでありますが、それには意味があります。無量寿経に「然灯、賛華、焼香して廻向する」とあり、光と熱の二つの意味があります。「阿弥陀仏は光明なり。智慧(ちえ)の形なり(親鸞聖人)」のお言葉もあり、阿弥陀如来の智慧の光明が凡夫の迷いを救います。
またお浄土は光明土であり、闇(やみ=迷い)がないことを示しています。熱には煩悩を焼きつくす意味があります。燃灯の供養をすると幽冥(めい)界の痛苦の衆生が休息を得ると、説かれたお経もあります。
古代インドでお釈迦さま御在世のころから燃灯供養がありました。お釈迦さまが説法を終わり、夜に祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)にお帰りになるとき、阿闍世王が城から精舎までの長い道路に、多くの灯明をつけ燃灯供養をしました。いまの街頭のようなものであったのでしょう。

お話253

貧しい老婆がいて自分も供養したいと思い、行乞(ぎょうこつ)して得たわずかな金銭でやっと一灯を献じました。夜中にあらしがあり、長者の灯明はすべて消えたが、老婆の一灯は朝まで消えなかった。真心がこもっていたためです。この老婆は後に須弥高如来となります。「長者の万灯より貧者の一灯」のことわざは、この故事に基づいたもの。六度の行では智慧の行を、六根供養では身供養になります。

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