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こころの法話集391

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法話391

感動-素直な心を(感謝の気持ち絶やさず)

坂井町下兵庫・丸岡高校教諭 森瀬高明

美しく生きる

さわやかな心が端正な顔を生むとでも言いましょうか。晩年の市川房枝さんの顔には、一種独特の美しさがありました。それは彼女が歩んだ豊かな生涯が、いつの間にか顔にそれが表れたのでしょうか。
美しく老いることは大変むつかしいようです。いつまでも若く、いつまでも美しく願うのは万人共通のあこがれです。「不老不死」の妙薬がもし売り出されたら、全財産を投げ出す人が後を断たないでしょう。
「老」という言葉のもつ俗悪さにだまされて、私たちは、ただ老いて行く姿を何とか美容方法でごまかそうとします。しかしごまかしはあくまでごまかしであり、本当に美しいものに生まれかわることはできません。
「老い」を克服することは「感動」することだとよく言われています。美しいものを「ああ、美しい」と素直に受けいれる心を、いつまでも持っていることが、今美しく生きようとする「生きざま」の決意となり、それが「若々しく」「美しく」なるものでしょう。
十余年前に、八十二歳で亡くなられた「甲」という助産婦さんを思い出します。彼女は臨終の四時間前に、最後の女児を分娩させていたそうですから、非常に健康体であったことも事実ですが「新しい生命」をこの世へ送り出す自分の職務を天職だと信じ、常に感謝の気持ちをたやしませんでした。
どんな真夜中でも、いやな顔ひとつせず、かけつけてくれました。ひとつの生命がこの世に結ばれることを、何よりもの喜びとしていた彼女は、仏様が凡夫を往生させるように、若く、美しく、はつらつと生きていたと思います。

挿絵

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