こころの法話集033
お話033
縁起の世界に目覚め
小浜市遠敷・西光寺住職 吉田俊宣
仏さまってなに?
事件もののテレビドラマを見ていると、殺された被害者を必ずといってよいほど「ホトケ」と呼んでいます。「うちのかみさん…」で知られている「刑事コロンボ」も、そういえば「仏さん」であります。英語のセリフではまさかそうは言っていないでしょうが、日本語に訳す時、「仏さん」が一番このドラマに合うの」でありましょう。
外国のドラマの吹き替えがなぜ「仏さん」か?という疑問すら、もう起こらないのです。それほど「仏」イコール「死者」になってしまったのかもしれません。仏さまとは亡くなった方、取り分け、わが家の先祖であり、仏教とは亡くなった方々、特に先祖のおかげを思い、その方々のめい福を祈り、祭り上げ、よって子孫の幸福を得ようとするものと思いこんでいる人が多いのではないでしょうか。
否、否、否…。仏とはブッタ(仏陀)、つまり真実の世界、まことのことわりに目覚めたる者(覚者)という意味であり、また真実そのもの(法=ダルマ)のはたらきを仏といいます。その人生において、仏法を聞き、縁起の世界に自覚め、その中に生かされて生きるところに仏教があり、仏への道があるのです。
「あの人に言われたことは、されたことは、一生忘れん。死んでも忘れん」と恨みの炎を燃やしながら生きている者が、なぜ、死んだら仏なのでしょうか?自分の生きざまを省みることもなく、ひとのせいにばかりして、自分の都合ばっかりで生きて来たのが、この私であったかと知らされるのが、縁起の世界に目覚めることであります。
死んでからお浄土へ参るのではありません。いかに、もがこうと死んでからでは手遅れです。