こころの法話集068
お話068
苦しみ、転換の素材に
春江町千歩寺・順教寺前住職 中臣徳恵
すべてわがよきため
かつて、大阪の貿易に関する学校に勤めていた時のことです。当時、大谷大学の学長であった佐々木月樵先生の「実験の宗教」という著書の中に“すべてわがよきため”とのことばがあったのを肝に銘じていました。生徒たちに「何ごともすべて、自分のためにならぬものはない」という意味を幾度も話したのを、よく聞いておった中の一人が、今から十年ほど前でしたが、私の寺へ訪ねて来ました。
東京である会社の重役をしている人でしたが、「芦原で会議があるので、近くに先生のお家があると承知して訪ねました。先生から昔懐かしくお話を聞いた中で、“何ごとも自分のよきため”のこと、いつも思い出しては、いろいろ苦難の時も、この言葉に励まされて、心を転換させて生かされてきています」とのことでした。
私どもの人生において、有頂天になる時、また悲しみのどん底で途方にくれる時、“すべてわがよきため”何ごとも、私の育てにならぬものは一つもありません。文学者の吉川英治氏は「吾以外はすべてわが師なり」という名句を残されましたのも、この意味に通ずるようです。
親鸞聖人が遠く越後に流された時、「これ尚師教の恩致(おんち)なり」として教化に励まれ、晩年またわが息男のために、悲しみの極に遭われても、それを縁として末々までに残る尊い著述をされたなど、すべてみ仏の大悲廻向のお念仏に心の支えを保たれて、「すべてわがよきため」と苦しみを素材として、心の方向転換をなされたのであります。