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こころの法話集301

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お話301

大野市布石・常興寺住職 巌教也

歎異は自己批判の心

「歎異抄に聞く」も最終回になりました。そこでこの本の書名についてでありますが、その序文の言葉に「親鸞聖人が親しく伝えられた事実の信心と異なるものの行われていること」を嘆き「自分勝手な理解により、他力念仏の本旨をとりあやまってはならぬ」(意訳)と、自覚と錯覚について注意されていますが、実は親鸞聖人のお言葉を聞き書きした筆者自信の信心の自己批判であり、歎異の言葉はどこまでも自分自身に向けられた自覚と反省の内容でありました。
そしてこの本の最後に蓮如上人は奥書されて「当流大事の聖教たるものなり」と付記されていますが、近代まで長い間人の目にふれることの少なかったこの本に、私たちが出合い得たことは、ちょうど長い冬の季節が終わり、春の訪れとともに天地自然が一気にいのちの爆発を見せる花と緑の季節を迎えたように、私たち人間だけが不思議にも持って生まれた真実の道を求める心が時、機熟して、浄土真実の教えにあい難くして今あうことができ、親鸞聖人のお言葉を聞き難くして聞くことができたありがたいご縁でありました。

お話301

その親鸞聖人は八十歳を越えられた最晩年に、そのよろこびの心を「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし。師主知識の恩徳も、ほねをくだきても謝すべし」と和讃(わさん)されました。

ありがとうを素直に

あるお寺の掲示板で、私はこんな言葉に出合いました。それは…
「“長生きはするもんや”このことばはすばらしいことばや」(わらじ医者)
高齢化社会やいろんな老人問題と関連して、どこからか反論が出て来そうな掲示板の言葉です。でも素直にこの言葉が口から出てくれれば、幸せなのではないでしょうか。
「ありがとう!と素直にいえる心がとても大切です。“おばあさん、いつまでもお元気でねえ”と言われて“生きていて悪いか!”と返事するようでは、まったくアブナイ!やっぱり“おかげさまで”の感謝のことばを返したいものです」(わらじ医者)は別の時の掲示板で読んだ言葉ですが…。
だから私たちが長生きするのにも、ちょっとしたコツというものがあるんだナアということを教えられるようであります。だれかにかわってもちえる人生でもなし、それこそお経の中の「人、世間愛欲の中に在りと独り生じ独り死し、独り去り独り来る」のお言葉に続いて「身自らこれに当たる、代わる者あること無し」と、人間に生まれたご縁を、自分自身の責任において、ともに教えられ育てられていく、まことの人間教育の意味を、深く味わいたいことでございます。
この春、西本願寺が募集した青少年のための標語の入選作に「いのち-めぐまれてただいちど-」「じぶんのいのち、人のいのちは、おなじいのち」「つらくとも生きぬいてみよう我いのち」「きょうも命をありがとう」とありましたが、そっくりそのまま壮年・熟年への標語でもあると、強く感じたことでありました。

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