こころの法話集022
お話022
恐れ慎み忘れた現代
福井市田原二丁自・法円寺住職 細江乗爾
私をながめているもの
昔は、自分の職場を道場と考えた人が多かったように思えます。ただの金もうけの場というのではなくって、今少し、自らの職場を大切にしていたのではないでしょうか。例えば家をつくる職人さんは「自分の仕事は二十年後を見てくれ」という気構えがありました。二十年たっても一分の狂いもこないような仕事をすることに誇りを持っていたのでしょう。
そこには神や仏の目が感じられていました。無限なる技芸への精進の場が見られます。手を抜いたり、後片付けをしないなどということは考えられないことであったようです。
日本無踊の神様といわれた七世坂東三津五郎は、いつも「自分は死んだ人に踊りを見てもらっているのだ」と言っていたそうです。死んだ人というのは、自分の先生方であったわけです。自分を育て上げてくれた大名人たちの目を感じていれば、そこに手を抜けない舞台が務まっていたのでしょう。
亡くなった人、限りなきものに向かえば、おのずと、そこに恐れ慎まれることと言っておられるのです。現代ほど「恐れ」「慎み」を忘れた時代はないでしょう。「恐れ」「慎む」ということは決して「コチコチ」に縮まる事ではありません。無限の中へ解放された世界です。誠なき私を支え守ってくれ、底知れぬ喜びの世界なのであります。