こころの法話集145
お話145
楽して幸せになれぬ
清水町島寺・浄福寺住職 藤井信哲
なぜ苦しむか
東南アジアにある日本の工場では、工場長など管理職の日本人は熱心に働くが、従業員の現地人は思うように働いてくれません。経営効率が上がりませんから、もっと働くように従業員にいいますと、「なぜ日本人はそんなに激しく働くのか」と聞きます。
「働けば会社の幹部になれる」「何のために幹部になるのか」「お金が多くもらえるからだ」「お金を多くもらってどうするのか」「貯金をしてあとで楽に暮らすためだ」「それならオレはいま楽にいるのだから、これ以上働かなくてよい」という現地人の考え方だったといいます。

笑い話のようですが、むろんこの話は日本と現地との相異を無視しています。現地では金がなくても楽にいることができるでしょうが、日本では金がないと楽に暮らせません。しかし、考えてみると、その楽のためにいま苦しみます。楽は苦のタネ。苦は楽のタネということです。楽なことが幸せのように思いますが、苦のタネにもなります。「人生の苦なり」という問題解決のために、お釈迦さまは御出家になりました。