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こころの法話集130

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お話130

お念仏は人生の指針

福井市松本四丁目・千福寺住職 高務哲量

我亦在彼摂取中(上)

だれしも道に迷った経験をお持ちの事と思います。道に迷うとは、知っていたつもり、分かっていたつもりの道で、自分の今居る場所が分からなくなることです。そして不安な気持ちに陥ります。すなわち自分の居場所に落ち着けない状態であります。
山登りをする人から聞いた話ですが、たとえ人が足を踏み入れたことのないような山中でも、正確な地図と磁石を持っていれば、少しも不安ではないそうです。地図と磁石を頼りに自分の現在位置を確認できるからです。少しでも道に迷ったかなと思ったら、辺りを見渡せる高い尾根に出て、地形と地図を照らし合わせ、自分の居場所を再確認するのだそうです。
同様に、私たちが人生に迷うとは自分の生きていることの意味に自信が持てなくなる、あるいは人生の行方がわからなくなり、今生きているこの場所に落ち着けなくなることをいうのでしょう。

お話130

念仏するとは、生と死を貫き、人生全体を見通すことのできない私のすべてを見損なわし、どこで何をして生きていようと、そなたは私の胎内にあるぞという、如来様からの呼び声に安心させていただくことでありましょう。
お正信偈の「我もまた彼の摂取のうちにあり」とは、今こうして生かされるままが、阿弥陀如来様のお心のまっただ中にあることに気付かされた安心と喜びの声にほかなりません。

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